K's Blog

12年目のブログ。今年は飛躍の1年にしたいです。

いつのまに営業運転をはじめやがったアイツ 

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▲11.3.25 誉田にて撮影
5883A 「成東」と行先のみ表示のケヨF51編成。


ムタ2番に入線したのは、青一色の車体ではなく赤帯の車両。今年3月の改正で、とうとう分割運用にも充当されるようになった京葉線のE233系。京葉線開業以来からつづいた青電の牙城ともいうべき分割運用に異変が生じはじめた瞬間だった。

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▲11.3.25 誉田にて撮影
5883A 電連側が先頭となったケヨ551編成。


そして、ついにあらわになった「勝浦」という行先表示。ここまでくれば、あとはもはや時間の問題である。PS32CPS35Cに換装されているケヨK2+52もしくはケヨK3+53のどちらかが自走廃回されてもおかしくない。検査時期を考慮すると、後者が先に落ちると思われるが。
ちなみに、現在はE233系分割編成が2本不足している関係で、201系と共通運用っていうことになっているみたい。夏至以降までとはいわないけれども、とりあえずは5月期の外房線内走行撮影はチャンスあり・・・っていうことみたいね。もう面倒くさいからねらいにいく必要もないけど

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▲11.3.25 福俵にて撮影
666M 改正後も東金線内封じ込め運用は健在。


なお、F編成はこれまで201系まで引き継がれてきた東金線内運用にも充当され、深夜帯の大網~成東間を往復している。都会的なイメージの強いE233系にローカル線の単式ホーム、なんともミスマッチな光景だ。

昨年3月10日からつけていたヘッドマークもとれたんで、今後はこっちを優先的に記録すっかな。青電? もう十分w おなかいっぱいww
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はじまりはいつも蘇我から 

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初春夕刻のホームを発車していく特急列車。
その背後には京葉線の205系。さまざまな出会いがある場所だと思う、ここは。

そこですごしていた日々は、ただなんとなくしあわせだった気がしてならなかった。

通勤快速に乗っかって通学をこころみてみたり、
また、学校帰りのなにげないときに足を運んでみたり、

それはツラかったとき、とある目的の列車がくるとき、その時でいろいろだった。


そして、あの頃は房総へよく思い出探しに出たもんだった。

大学3~4年の夏におこなわれた富浦監禁合宿。
久留里まで行った合宿免許。

鉄道で往復すると、必ずここで出会いとわかれがそこにはあった。

また会おう。
たぶん言葉にはされなかっただろうけど、そんなことを残して終わっていくひとつのイベント。
いつもそのシーンが思い出によく残っている。


そんな思い出の地・蘇我の発車メロディがピアノの旋律のものにいつしかかわっていた。
ジェフ千葉市原の応援ソングだったってのは、変わってから2ヶ月くらいしたあとに気づいた。

描こう明日の扉 待ち受けてるものを共にさがしにいこう(光永亮太「Over」より)



しかし、このフレーズは原曲を聴かずとも感じ取れた。
まさに、蘇我を旅立つものにぴったりのフレーズだった。

だいすきだぜ、蘇我。今後ともどうか俺の心の支えとなってくれますように。

iPad その後 


キーボード付Dockを購入。ほぼノーパソだぜ、コノヤロー。