K's Blog

12年目のブログ。今年は飛躍の1年にしたいです。

怨念の長編成湘南色 

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▲11.4.26 巖根~袖ヶ浦間にて撮影
138M マリS62編成およびマリ117編成の湘南色10連再度登場。


前回撮影できず、涙を飲んだ湘南色ペア10連が再度復活したとのことで、こんどこそはといわんばかりに出撃。天気こそはお生憎様といったところだったが、記録としては十分十分。
東海道から113系が撤退するときは、マトモな写真1枚すら撮らせてくれなかったもん

それにしても、幕張車セ113系6両の定期運用が消滅して4ヶ月たったいま、もはやこの組み合わせは奇跡に近いかもしれない。はたしていつまでもつかわからんが、できればもう1発撮っておきたいと思うこの頃。
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横川SA 

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上信越道・横川SA(上り線)の売店にたたずむキハ57。

JR九州管内で使用されていたキハ58 624を譲り受け、乗務員室部分を残して切断のうえ、新規に製造されたモックアップをくっつけてキハ57 26としたものであり、同SAを利用する客の休憩スペースとして活用されている。

そもそもキハ57とは、登場当時非電化であった信越本線・横川~軽井沢間のアプト式軌道に対応できるように開発された形式らしく、上野から長野電鉄の湯田中とのあいだを結んでいた急行「志賀」に充当されていたようだ。
結局のところ、同形式は2年後には165系電車にとってかわってしまうが、信越本線の輸送力増強への足がかりを作った車両として、この場で讃えられているのだろうか。

その横川でおなじみだったおぎのやの「峠の釜めし」がキハ57の奥の敷地で販売されており、かつての栄光がこの場において生き続けているかのような光景を醸し出している。碓氷峠にまだ鉄道がのこっているのかとも思わされるこの場所、またぜひもう一度足を運んでみたいと思った。
thread: 写真 | janre: 趣味・実用 |  trackback: 0 | コメント: 0 | edit

201系廃回最終章 

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▲11.4.5 新港信号場にて撮影
回9271M 2000年の線路切り替え工事前はこの線路が上り線だった。


再びはじまってしまった201系の廃回劇場。第1章が試作車の廃車、第2章が非分割編成の廃車とした場合、今回よりはじまる分割編成の廃車は最終章という位置づけになるのであろうか。その第1弾となったのがケヨK3+53編成であった。2009年5月と、ほかの分割編成よりも比較的はやく要検出場し、検査期限が一番近かったため、案の定といったところ。

試作車の廃回から約5年半、非分割編成の最終編成であったケヨ72編成の廃回、そしてケヨK2+52編成および同K3+53編成のパンタグラフ換装からから約2年、ホントにコイツらはよく生きながらえたと思う。

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▲11.4.5 富士見~すずらんの里間にて撮影
回9573M ケヨ72編成のときとは違ったスジで中央線を下るケヨK3+53編成。


↑↑を撮ったあと、一気に長野県入りしてもう1発撮影。この地点をお昼下がりの時間帯に通過していくので、光線状態も比較的いい。天気も申し分ないくらいにスッキリと晴れ渡っていて、文句なしの1枚。

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あとはそれぞれオマケのようなもん。塩尻~広丘で撮影した1発を最後に、長野を旅立った。
それにしても、光線状態がいいはずのすずらんの里手前のストレートが10名程度なのに対し、面トップの下諏訪カーブが30人も集結するのか、ホント理解に苦しむ

ケヨK3+53徘徊 


往復570km走破で撮ってきやした。

報告はまたこんど。