K's Blog

12年目のブログ。今年は飛躍の1年にしたいです。

10/23 

すし屋氏に誘われて仙台へ。
前回とは違い、出発前に1時間は睡眠できやした

今回仙台へ向かった目的は、仙台総合鉄道部のED75形が充当される臨時石油貨物。
例の大震災で、水戸方面の運用がなくなり、運用自体が壊滅状態となった同機が仙台以北で活躍しているということで、元気なうちにまた拝んでおこうと思い、またしても前日の夜に出発。

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▲11.10.23 鹿島台~品井沼間にて撮影
2レ EF510-507[田]+24系12車。


撮影地到着と同時に、2時間半近く遅れていたカシオペアが通過し、その20分前後の後走りで北斗星も通過。濃霧のせいで切り位置がわからず、ケツ切って撃沈。

そして、待つこと1時間して本ちゃん。

_MG_8571.jpg
▲11.10.23 品井沼~鹿島台間にて撮影
9075レ ED75 140[仙貨]+タキ17車?


早朝時には激しかった濃霧もいくらか収まり、編成最後尾まで見渡せるくらいにまで回復したからよかった。
それにしても、ED75形そのものはもちろん、とくにM形機と再会できたのはホントに久しぶり。たぶん、3年半ぶりに重連で撮って以来だと思う。

右側がスカったけど、まぁいいか。
その後、鹿島台と小牛田の停を使ってぶち抜いたような気がするけど、よく覚えていない

ここで折り返し、柿の木と石巻線を眺めながら石巻市を目指し、2年ぶりの仙石線単線区間へ。

_MG_8594.jpg
▲11.10.23 陸前赤井~蛇田間にて撮影
7021Y キハ110-239先頭2車。


津波の影響を受け、依然として小牛田運輸区のキハ110で代走している矢本~石巻間の仙石線。
変電所が使えないせいなのか、陸前赤井駅手前の遠方信号機にバッテンがされており、付近の架線柱も地震の影響でビロンビロンに曲がりまくっている状態。しかも、撮影地の踏切もややさび付いていたことから、この付近にまでも津波が押し寄せてきたのだろうと推察できる。また、付近の道路もいたるところで波打っており、今回の震災の被害の大きさを物語っている。

かつて仙台に住んでいた頃をはじめとして、俺自身も石巻にはだいぶお世話になった都市だが、このような被害状況を目の当たりにしていると、なんだか非常に心が痛む。石巻市をはじめとした三陸海岸の各都市の早期復興はもとより、仙石線の全線復旧を心から願うばかりだ。

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▲11.10.23 太子堂~南仙台間にて撮影
240M E721系センP-7編成先頭4車。


その後、仙台に戻って、名取川橋梁で名取行、岩沼行貨物を狙うも、まともなものが撮れなかったので、こんなもんでこの日は終了。オール下道で8時間かけて帰宅しましたとさw


【記事作成後記】

何にも罪のない人たちが、ある日突然マグニチュード9クラスの大地震に見舞われ、辺りは混乱。地震発生からまもなくして、その惨状は各メディアによって報じられてはいるが、正直なにひとつとして力になれない自分が、かつて仙台に住んでいた者として非常にくやしい。
とはいえ、あの震災から半年以上が経過したものの、地元の住民たちはいつもの落ち着きをみせていたようで、なんだかホッとした。壊滅的とはいえども、住民は地道に復興へと歩みはじめている。仲間とともに笑顔をたやさないようにして、毎日を懸命に生きようとしている。そんな仙台の市民たちに、俺は非常に心を動かされた。

そんな俺にいまできることは、早期復興をひたすら願うこと。
どんなにつらくたって、どんなにさびしくたって、一所懸命に前を向いて歩いていくんだ。ただそれだけ。
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