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何をいまさら的な九州での撮影報告 その3 

ほんじゃ、九州遠征報告 その3ですーーーーーーー
その1はこちら、その2はこちらをご覧あれ。
=9月8日(月)=

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2008.9.8 宮崎県宮崎市・JR南宮崎駅



前日博多で2日半ともにしてきた仲間とわかれてから約6時間、ようやく宮崎の地に降り立つ。で、南宮崎で降りて、本来ならば駅近くの橋梁で何かを撮ろうと思ったのですが、あいにくの天気だったので意気消沈。たまたま歩いてみつけたマックへ足を運び、そこで朝食をとります。そして、そのまま「きりしま3号」まで待つことにしました。

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2008.9.8 JR鹿児島本線・鹿児島駅
6005M JR485系鹿カコDK-9編成3車



しかし、そのまま同列車を乗っていても、鹿児島中央から乗る知覧行のバスの時間に余裕があるため、鹿児島で捨てて「はやとの風」を狙おうとするも、構えようとしている最中に行かれてしまったので、とりあえず「きりしま5号」だけ撮影。
これを撮って、急いで6751Dに乗車。鹿児島中央へ向かいます。

が、腹痛だったため、鹿児島中央からのバスを惜しげに見送り、喜入からバスに乗ることに。
つーか、こっちのほうが450円安いからってのもあったんだけどね

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2008.9.8 JR指宿枕崎線・喜入駅



ところで、ここの入場券はどうやらおまもりとして活用できると評判らしい。
というわけで入場券を1枚購入し、バス停へと足を運びます。

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2008.9.8 鹿児島県鹿児島市・喜入駅前バス停



さぁ、お迎えのバスがやってきた。これに乗って知覧へ行こう。

バスは山間の道を走り抜ける。途中首都圏でも走っていそうな大きさのバスでは通れるのかと思えるような道をも難なく通っていくバスの運転士氏もお見事。しかし、昨今の原油高高騰によりバス運賃値上げなんですと・・・なんとも不安な世の中になりましたなぁ(´・ω・`)
そして、薩摩台地のアップダウンを駆け抜け、30分間揺られ続けていると知覧の街並みがみえてくる。

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2008.9.8 鹿児島県南九州市・知覧特攻平和会館周辺



・・・が、いったいなんじゃこりゃ。。
街中慰霊碑だらけで、なんだか異様な雰囲気が漂っていた。

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2008.9.8 鹿児島県南九州市・知覧特攻平和会館周辺



これは知覧平和公園内にあった知覧の観光マップ。太平洋戦争末期の主要基地となっただけ、その史跡の数の多さが物語られる。あとで知ったことなのだが、沖縄戦などの際にどうやら各地から学徒出陣によって集めた学生をこの知覧という街に集結させ、ここを最前線の基地として機能させた。そして、かの“神風特攻隊”なる肉弾兵に南の島への片道切符を持たせ、数々の若者を南の島へと送りこんでいったという・・・

桜の花びらのように散花する自分に「美の意識」を持っていたとする当時の学生はいったい。。

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2008.9.8 鹿児島県南九州市・知覧特攻平和会館周辺



これが何百kgもある爆弾を積んで、敵艦隊へとぶつかっていったとおもわれる戦闘機「隼」だろうか。当時の様子が生々しくよみがえってくるような、なんとも不気味な展示物のようにも見えた。

ちなみに、この展示物は昨年春公開の映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」において実際の撮影に使われたようだ。

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2008.9.8 鹿児島県南九州市・知覧特攻平和会館周辺



これが特攻銅像「とこしえに」と呼ばれるもの。
見た感じでは私とあまり年齢が変わらないようにも思える。こんな人たちが肉弾兵となっていったのか・・・

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2008.9.8 鹿児島県南九州市・知覧特攻平和会館周辺



「特攻兵ってなに?」と思われた方はこちらをご覧ください。
そうか、お国を守ることに美意識を持っていたのか・・・自分が突撃すればきっと平和になるって思ったのかな・・・それで何千という若者のいのちが「散花」していったのか。。

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2008.9.8 鹿児島県南九州市・知覧特攻平和会館周辺



この詩をみているとなんだかわかる気がする。

当時敵艦殲滅を目的に何百kgもの爆弾を積んで、かつまだ訓練もままならないまま操っている戦闘機に乗っている若者たちの姿、故郷を想い、人生のいまだ半分しか生きてこれなかった若者の姿・・・

きっと、燃料も片道分しか積んでなかったんだろな。

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2008.9.8 鹿児島県南九州市・知覧特攻平和会館周辺



そして、いよいよ特攻会館のなかへ・・・

館内ではとくに特攻隊員の遺言を拝んできたが、本文中には「お母さん、お母さん」しか書いてないものもあったし、南の島で「散花」することが「最初で最後の親孝行」だとかいう内容のものばっかりではあったが、なんだか涙が止まらなかった。

死ぬことへの恐怖、生きることへの絶望、戦争という苦からの開放・・・

そんな感情が入り混じった若者の不安定な心情をもっともふかくあらわしていた。
だから、敵艦を沈めて「若桜のように散花する」ことが美意識なのかと・・・投げやりすぎだけど若者らしい答え。だけど、こんなことで何千ものという若者が死んでいったのは、さぞかし当時の肉親にとっては我が家が焼失することや自分がいま死ぬことよりもはるかにつらいことだっただろうな・・・

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2008.9.8 鹿児島県南九州市・知覧特攻平和会館周辺



このような場所を訪問しておいてありきたりなことしかいえないのだが、、

もう、このようなことが起きないことを心から祈るばかりである・・・それを感じ、「世界人類が平和でありますように」の意味を知った。

滞在時間があまりとれなかったため、いずれまた訪問しにきます。
で、この日は博多のカプセルホテルで夜を明かすこととしました。


~次回へつづきます~
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category: 旅記録

thread: 鉄道旅行

janre: 旅行

tag: JR鹿児島本線  JR指宿枕崎線  485・489系  DC 
Posted on 2008/10/08 Wed. 23:14  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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