K's Blog

12年目のブログ。今年は飛躍の1年にしたいです。

デビュー戦 

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▲05.12.13 新習志野にて撮影
回9786M 103系ケヨE15編成の廃回を撮る。


青のアイツとはまったく関係ないだろうが、俺にとっては思い出のデビュー戦。これを機に、いわゆる「撮り鉄」の世界へと入っていった。これまで、鉄の塊にカメラを向けることなんぞやりたいと思ったこともなかったが、それを一変させる日の出来事はちゃんと鮮明に覚えている。

時は5年半前・・・2005年の夏頃、人生ではじめて一人旅をしてみた。行先はたしかいまとなっては恒例の関西エリア。青春18きっぷ使用で、往復MLながらというやっつけ感たっぷりな旅だった。とにかくあのころは大学に入って、はじめてバイトして溜めたお金でどこかへ行ってみたいっていう気持ちのほうが強かった。向こうに着くと、京都の宇治平等院や下賀茂神社、金閣、清水と、定番観光地をただひたすら巡り歩いた。「ただ」とはいうものの、やっぱり感動しちゃうんだよね、毎度。
そこであらわれたのがケータイのカメラ。当時は真っ赤なスライド式携帯が印象的だったauのW22Hを使っていて、TVのCMとかで映っていた建物の映像を回想させるだけのために、その全景をひたすら写していた。きっと、そこで味わえる感動を再現してみたいと思ったに違いない。ここで、はじめてなにかを撮るということをおぼえたのだ。

ただ、ケータイのカメラだけじゃたりない・・・というわけで、こんどは親が使っていたコンパクトデジカメを借用し使用。ただし、日常においてなにを撮ればいいのかわからない。なにもしないまま、2005年11月を迎える。

一方、自身が一番気にしていたことがあった。京葉線の青い103系の引退だ。夏ごろ・・・たしかケヨ25編成が転入しそうになってきたころからヤバいと感じはじめ、情報を知るためにインターネットを駆使し、いろんなサイトを読み漁るようになった。そこで、当時よくみていたのが現・すし屋氏の「鉄路@102-588」なるサイト。未だ高校生ながら晩年の青い103系の情報を網羅しており、緻密な観察力も映えていたのが印象的だった。
そのサイトをみるうちに、ケヨ306編成が9月中旬、最後のスカート付だったケヨ307編成が同下旬に相次いで大宮総合車セへ廃回されたのを知り、青い103系はとうとうケヨ302編成の1本のみになってしまったんだと気づく。ただ、当時は「鉄の塊なんか撮ってなにがたのしいの?」っていう気持ちのほうが強く、バイト帰りにたまたま乗り合わせても、素直にカメラを向けることができなかった。そんな気持ちをこの日までずっと引きずってしまっていた。

2005年11月18日、ケヨ302編成運用離脱。

とうとうこの日がやってきてしまった。奇しくも、自身の19回目の誕生日であった。そして、翌々日に廃回。スジなど当時の自分には知る由もない。どう見送っていけばいいのかわからないまま、京葉線から青い103系は去った。
俺は大切なものを失ってしまった。幼少時代から一番馴染みのあった青い103系がもう身近な存在ではなくなってしまおうとは。あのときは、「鉄の塊なんぞ」というふうに電車を卑下し、幼い頃からの感動を記録に残すことなくやり過ごしていた自分がとにかく許せなかった。ひどく後悔している自分がとにかく醜かった。

ようやくここに「記録がいかに大事であるか」という精神がようやくいきづいた。
「好きなものを失って後悔するくらいなら、後悔しないほどにやり遂げればいい」・・・このポリシーはここからはじまったのであった。それを知ったうえでの、ケヨE15編成の廃回参戦。自分自身が成長していくうえでの第一歩だった。
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